お引越し

 お久しぶりでございます。

 先月引越ししてから、ばたばたと過ごしております。

 職場が変わったわけでもなく、市内でのお引越し。ほとんど衝動的な引越しでした。本を中心とした荷物が増えてきたのがきっかけでしたが、何と言うか、何かに突き動かされたように、家を探して、何かに取り付かれたように引越ししちゃいましたね(笑)

 まぁ、でも、結果的に良かったです。やっと少しずつ人間らしい暮らしになってきてます。

 学生の頃からアパート暮らししかしたことなかったのですが、今回は思い切って貸家に入りました。アパートで暮らしていると、人間かなり狭い空間でも生活できるものだと思い込んでいましたが、やっぱりちゃんと空間のある家というのは大事だなぁと実感しております。生活の慌しさは相変わらずですが、晴れた日曜日なんかに、思い切り外に洗濯物が干せたりすると、まさに至福~(笑)という感じがします。

 住むところを変えるというのも、一つの可能性を広げる方法ですね。

 個人的な将来の夢もぼちぼち頑張って取り掛かろうかなぁなんて気になります。ふむ。

 ともあれ、いろんな場所の、いろんな人が、いろんな屋根の下で安らかに過ごされますように、、、、

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キャラメルボックス

 人生は、おまけ付のキャラメル箱のようだ

 雨上がりの午後、ふと、そう思った

 結局のところ、人生において、世の中のあらゆる物事、世の中のあらゆる人々、それらすべてを愛することができたならば、究極の勝利なのではないかと思う。

 勝ち負けではないかもしれないけれど、それなら究極の目標と言い換えてもいい

 日常、様々な物の美しさや、人の優しさに触れて、愛を感じつづけること。一見愛することができないような物事に対しても愛を送れるようになること。そういったことが目指すべき場所だと思った。今生の間に、そんな大それたことが達成できないかもしれないけれど、少なくとも、目指すべき山頂が定められたなら、随分とその行程は心穏やかなものになるに違いない。しかも、愛を感じる時、愛を表出する時には、もれなく喜びという幸せが味わえる。小さな包み紙を広げて、キャラメルを一粒口に放り込むようなしあわせだ。

 毎日、毎日、そんなキャラメルを楽しみながら、いつか箱の底に、スペシャルプレゼントを見つける

 人生は多分、そんなものだ。

 日々の慌しさに忘れてしまいそうになるので、書き留めておこうと思う。

 すべての人の日々が、そんな幸せであふれますように

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菜の花畑の

 そろそろ春ですか?というわけでテンプレート変えてみました。

 さっき、NHKスペシャル「菜の花畑の笑顔と銃弾」をみました。

2008年アフガニスタンで銃弾に倒れた、ペシャワール会の伊藤さんの話です。

 思うことはいろいろあって、何だか悔しくて泣いてしまいました。日本のサツマイモを育てるために3年も4年も失敗を繰り返しながら、試験農場で黙々と働く姿や、アメリカ軍の攻撃が強まる中で、現地の人が「食物さえあれば、この国の問題は、ほとんど全て解決する。武力は解決しない」と言っている姿がとても印象的でした。

 良く言われることですが、国際協力というのは、「何かいい事して満足したい」的な精神では何事もなしえず、むしろ害悪。ある種冷徹なくらいの、計画性やアカデミックな知識と人員を総動員した結果、継続的な社会を目指すものだと思います。伊藤さんの姿はそれを確実に踏まえつつ、人としての使命感や、強い意志の力、そして深い愛情に根ざしたものだと思いました。

 TVを見ただけですので、もちろん、私には全てのことは分かりません。もっともっと複雑でいかんともしがたい問題が山積していることは間違いないと思います。それでも、単純に、純粋に感動と尊敬の気持ちを抱きました。

 そして同時に、絶対に忘れてはならないのは、「誰か」を責めているだけでは世界は変わらないということです。アメリカが悪い、テロリストが悪い。そうではなく、まったく関係ないように、ここにいる、この私も、世界で起きる全てのことに、必ず、何らかの責任を負っているのです。それを自覚すること、それだけは忘れたくない。そう思います。

 伊藤さんをはじめ、世界中で、小さな、小さな種を、熱心に蒔き続けている人々の努力が、最良の形で実りますように、、、、祈ります

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コンステレーション

 唐突ですが、双眼鏡買いました。

 「星が見たい!」という、半ば直情的(?)な欲望に押されて手に入れました。考えてみれば双眼鏡なんて買ったの始めてかもしれません。天体望遠鏡では、いきなり敷居が高いので、比較的安くて、天体観察に耐えうる双眼鏡にしてみました。

 気分は小学校の夏休みの研究(笑)

 早速!と思いましたが、今日はあいにくの曇天だったので、星を見るのは翌日以降になりそうです。寝袋もゲットかな(もこもこ)

 ユング心理学にも、コンステレーションという言葉があります。そのまま訳せば「星座、うつくしいものの集まり」とでもなるのでしょうが、布置、配置という意味。一見、無関係に並んで配列しているようにしか見えないものが、ある時全体的な意味を含んだものに見えてくることを言います。人間関係でも、出来事の起こりでも、時間軸や空間のなかでの布置、その全体。

 個人的には、それを天空にきらめく星座と同語であることが、どきどきするほど感動します。行き詰まってるなぁと思うときも、視点を転じると、驚くほど美しい星座を形作っていることもある。その輝き、、、

 でも、このことを考えると、時々思うことがあります。

 過去に身近で、親しいと思っていた人が、ある形のコンステレーションで近いと思っていたけれども、同じ星座の隣り合った星も、実は何万光年と離れた場所にあったりするという事実と同様のことだったかもしれないということ。もちろん、その逆もありますけどね。

 人と人との距離って考えてみると、自分がどんな星座を描こうとするかによるとも言えるわけですね。無駄な出会いは無いわけです。たとえ強固な直線を描くことができなくても、少し、せつないけれど、その意味は感じ続けて生きたいものです。

 星からの距離を思えば、君との距離は、頬が触れるくらい近い、、、、

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にゃんだふるらいふ

 久しぶりにDVDで映画など見ました。

「グーグーだって猫である」

 一言で言うなら、「あぁ、生きてゆくのって楽しいなぁ」と素直に思える映画です。主演の小泉今日子さんもインタビューで言ってましたが、いわゆる動物ものではなく、ファンタジーであり、エンターテイメントな作品。ストーリー自体に泣かせる部分があるわけではないのに、ふとした人の表情とか、会話のテンポとか、マンションの部屋に差し込む日差しと影とか、本当に何気ないものが、なんだかとてもとてもせつなくて、じわじわじわじわと、映画の全編を通して泣いていました。

 最近、泣いてカタルシスを味わうことも少なかったので、とても良かったです。

 今更ながら、本当に生きるってことは、どうにもならなくて、物質的とか環境的には十分に恵まれているということは、恥ずかしくなるくらい分かっているのに、過去もどうにもならないし、現在もどうにもならないし、生きているのもどうにもならないくらい、多分死ぬこともどうにもならないし。ふと全てが分かったような気分になることもあるのに、同じように、ふっと全てが皆目分からないような気分になることがある。

 この間、美容室に髪を切りに行った時、普段は読まないような女性雑誌を読みましたが、おそらく自分の世代か、それより少し若い世代向けの雑誌だったのですが、自分とはかなり違和感を感じました。「デートの勝負服、本命と、友達関係と、年下の男の子で使い分ける!」とかの特集で、「それは、なんじゃらほい?」という感じ。そういえば10年以上前にはマニュアル雑誌というのは流行っていたなぁ、今もこういうのあるんだなぁという感慨と、恋愛ってそういうものだっけ?という不思議感。こと恋愛に関してはうといというのもありますが、3人に使い分けて洋服着替えて、何を求めてるんじゃ?と雑誌につっこみたくなりました(^^;)もし、真剣に読んでいる人がいるとしたら、「え~っと、それで、あなたの幸せってなんですか?」と聞いてみたくなる。

 メディアはライフスタイルごと売り出して、それが経済活動になってという図式。あくまで発信する側のコンセプトですから、読者側がそれに同意しているとは限りませんけれども。まぁ昔に比べれば、皆が皆、マスメディアに踊らされるような時代は過ぎ去ったと思いますが。

 何で、この話を出したかというと、ライフスタイルを売るということは、個人の幸福の定義を売るということと同義だと思うからなのです。みんな、みんな幸せになりたい。でも、私は今幸せじゃないような気がする。じゃあ幸せになるためにはどうしたらいいのかしら?「きれいになって、お金があって、モテモテで、いい旦那をゲットできたならいいじゃない」って何となく世間はそんな感じ。じゃあそうした方が良さそう。でも、私の幸せって、結局何?みたいな、、、

 さすがに、私はそういう価値観ではないですが、「できる仕事人とは?」とか「3倍時間活用術」とか「モチベーションアップの方法」とかいうメディアの文句には、まったく同じように食いついているわけです(^^;

 でも、結局はメディアが悪いとかいうのではなく、やっぱり私たちがおかしいと思うのです。ただ、純粋に生きてゆくこと、幸せを感じることって、そんな、物理的目標を達成することではないはずですよね。私はそう信じていたいし、そういうこと、すぐ忘れてしまうのだけれど、忘れないで生きていきたいのです。

 

 この映画は、そういうことを感じさせてくれて、押し付けがましくなく、「あぁ、まだ大丈夫、がんばれる」そんな気持ちにさせてくれた映画でした。

 まだ、見ていない方は、(特にささくれた気分の時は)そ~っと一人で夜見てくださいね。

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解決の魔法

 ん~気分いまひとつの日々が続いております。

 特異体質というか、おそらく潜在的に私と同じような人はたくさんいると思うのですが、周囲に具合の悪い人がいると、自分も具合悪くなるんですね、、、

 知り合いの看護婦さんも、「うぅ、今日は頭が痛い。今夜の夜勤は来る!」と妙な特殊能力を発揮する人も多いです。

 まぁ、私の場合、そればっかりでもなく、実際頭の痛い問題があって、自分の精神状態が悪いのでベストの選択ができない。それで、さらに後悔や悩みが増える悪循環です。どこかでリセットしたいです、、、、でも、こういう時って気分転換すらできないという損な性分なのです。うう~

 たちどころに問題が解決するという、魔法の言葉もあります。

「どんなことも、全て自分の責任として受け入れる」というものです。

この魔法、概ねの場合において、私にとってはかなり有効だったのですが、気分が平常じゃない時には辛いものだなぁと、今気付いています。(とほほ)全て自分の責任と考えるというのは一見困難に思えるかもしれませんが、意外と人間が問題に直面している時は、自分の外部に責任を求めて「あれが悪い、これが悪い」と非難して、精神力と時間の無駄をしていることが実に多いのです。それをリセットするのが、この魔法の言葉。

 この言葉がすんなり受け入れられる時は、逆説的にどんな問題も自分のコントロール下に置くことができるのです。だって、今のその状況は全部自分が引き起こしてるわけですから、解決の方法も全部自分でどうにかなるわけです。

 ということで、現状。この魔法で何とか乗り切ろうと思ってるんですが、どうしても「なんとかできなかったのかなぁ、せめて、もうちょっと前に報告してくれよぉ(泣)」みたいな気分になってしまうのですねぇ。これって駄目駄目です。大事なのは「信じること」です。そして、人を信じて、信じて、平常心で待つ心の余裕ためには、自分を信じることです。

 学びつづけたい、自分を信じ、人を信じつづけるために。

 2009年のキーワードの一つはこれにします。

「すべての人の最良のサポーターであるように」

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新春

 大分経ってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。

本年が皆様にとって素敵な年になりますように、、、

 私の年末年始は、年末の忙しさをそのまま引きずってしまい、いつの間にか休みも終わり、お出かけもせず、休んだのか、休まなかったのか良く分からないままに、年始に突入という感じでした(^^;

 年明けも、なんだかんだと慌しく、同じような問題が職場で連続で起きています。ん~これって忙しさにかまけて、目を向けていなかっただけで、潜在的にあったことなんだよなぁとちょっと落ち込みましたが、こういうことへの対応を学ぶことが、今年の課題なんだろうなぁとも思っています。

 どういうことかというと、物凄く一般化していえば、「価値観の相違」についてであり、限定的にいうと、自分より下の世代で、根本的に考え方の基準が違うなぁと思う人と、どうやって仕事を進めていくか?という問題。

 今の自分の理解からすると「それは無いよなぁ、、、」と、とまどってしまうようなことも、本人にしてみれば、そんなにおかしなことは言ったり、やったりしていないと思っている場合、説明したとしても、立っている土台自体が、かなり違う場所にあるため、お互いに納得には至らない可能性が高い。立場上自分が上であると、話し合いをした場合、本当は彼らが納得していなくても、納得したふりをされてしまう可能性もある。む、難しい、、、

 さらに言うなら、自分が彼らの年齢だった時を思うと、もっと、とんでもなかったような気がするし、それからすると、仕方ないような気もする。

 さらに、さらに言うなら、別に私の哲学が、彼らの考え方より優れているという保証も確信もない。「社会人として」という定義は、実はとても曖昧で、正解なんてないかもしれない。

 そうやって考えると、結論からすれば、最大限、相手を尊重して、そして、仕事全体にも支障を来たさないように調整してゆくことが自分の役目ということになるわけです。悩むなぁ、、、

 まぁ、話を広げて考えれば、価値観の違う人間同士、どうやって生きていくか?ということで、世界中でおきている理不尽なことを、「信じられない、何であんなことを!頭に来る」とか言っているだけでは、何の役にも立たないばかりか、むしろ害ににしかならないと思うわけです。

 当たり前のことで、自分と同じ考えの人間などいない。違う価値観の人間を「どこまで愛せるか」ということが、個人的には究極の問いだと思っています。

 自分を許し、相手も許し、自分も愛し、相手も愛し

 シンプルだけど、とても困難で、けれども、それこそが古今東西、すべての平和と幸福の源泉であると、少なくとも、私は信じているわけです。

 すべてに愛を

 すべての人が、その人らしい人生を、最大の幸せとともに生きてゆけますように、、、

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哲学あそび

 めちゃめちゃ久しぶりに書きますね。

日々は相変わらずです、ちょこっと仕事が忙しいかなぁというくらいで、体調も変わらず。

 でも、何か最近不思議な感じです。外的な環境は変わらないけれど、内的な感じ方が変わってきたというか、全てのことが何だか神秘的というか、神々しいというか(笑)別に、変な宗教とか入ったわけじゃないですよ。

 10月頃から、何でか知らないけれども哲学とか心理学とかもう一回勉強したいなぁなどと思い立って本読みまくってます。特に琴線に触れたのはスピノザなのですが、人類の思想って本当に螺旋を描くように進んでいるなぁという感じです。最近流行りのスピリチュアリズムも、こんなに前に原型はあるじゃん。という感じです。

 日常で出会う人も、自分に降りかかってくる出来事も、ふと目にした情景も、何だかとても美しいです。そう思うとき、じゃあ、美しいって何で感じるんだ?と思うと、やっぱりイデア論に傾倒したくなる気分です。全ては本当に一つで、個別だなんて言い出したのは、ある意味、極最近のこと。それは、膨大な科学技術の発展という恩恵をもたらしたのだけれど、果たしてそれは全ての根源だったか?という疑問に立ち戻る。実存という問題。偉い哲学者のサルトルも所詮は世俗的なレベルでも悩む一人の人間にすぎないし、現象学に沿える部分もあるし、それが中心的教義にも思えないし、、、

 結局(どこが、結局なんだ(笑))、日々、微笑んで生きてゆきたいと思う。そうすると自然に、感謝しか生まれない。悲しいことも、苦しいこともあるのだけれど、せめて、エゴが作り出す幻想の苦痛にだけは惑わされぬように生きていきたい。そう思っている、今日この頃なのです。

 すべての人が、すべての場所で、それぞれの生を満喫して生きられますように、、、

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 毎日の生活に追われる内に、もう9月ですね。

すっかり、秋らしく、、、、、、なってません!!

 あつ~いぃぃ。ま、夏が好きな私には丁度いいのですが、体が言うことをきいてくれません。夏に入ってから頭痛の発作が多くて倒れそうです(泣)

 「崖の上のぽにょ」も見に行きました。あまりに深い内容なので、また今度感想をまとめてみようかな?と思っています。

 とりあえず、珍しく詩がおりてきたので

 「アゲート」

 メノウともいわれる鉱物です。

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ぽにょ

 いや~すっかり暑くなりましたね。

 っていうか、熱い、、、茹ります。茹で上げは水につけて色よく仕上がりたいものです、、、

 まぁ、それはさておき、ご多分にもれず、「崖の上のぽにょ」。マイブームです。

もう、テレビでCMが流れるたびめろめろです。ほんと、世の中のこういうものに乗せられやすいというか、簡単にやられてしまうのはいつものことですが。

 でも、やっぱり宮崎駿という人はすごいと思うのです。

 以前から、時代の流れや、社会的な問題を反映しているのだということは何度もいわれていることですが、単純に世の中で起きていることの表面を観察して、何らかのメッセージを送るために作品を作っているというのではなく、ある種シャーマンのような資質で、突き動かされるような不思議な力で作品を作り上げているように思えるのです。

 当然、映画を作って興行するということは、一種の商業行為ですので、その裏も表も、宣伝やキャンペーンや企業の収益といったことが大前提としてあるのは良く分かります。

 でも、とにもかくにも、たくさんの人を無条件に幸せにしてくれる「もの」をこの世に作り出すということは、なんてすばらしいんだ!と単純に思うわけなのです。

 仕事をするなら、宮崎さんのような天才には届きませんが、わずかな、わずかな、それこそ砂のようなしあわせでも、自分から周囲に注ぐことができたなら、、、と思います。

 というわけで、今週末、映画館へゴーです。

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