大分経ってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。
本年が皆様にとって素敵な年になりますように、、、
私の年末年始は、年末の忙しさをそのまま引きずってしまい、いつの間にか休みも終わり、お出かけもせず、休んだのか、休まなかったのか良く分からないままに、年始に突入という感じでした(^^;
年明けも、なんだかんだと慌しく、同じような問題が職場で連続で起きています。ん~これって忙しさにかまけて、目を向けていなかっただけで、潜在的にあったことなんだよなぁとちょっと落ち込みましたが、こういうことへの対応を学ぶことが、今年の課題なんだろうなぁとも思っています。
どういうことかというと、物凄く一般化していえば、「価値観の相違」についてであり、限定的にいうと、自分より下の世代で、根本的に考え方の基準が違うなぁと思う人と、どうやって仕事を進めていくか?という問題。
今の自分の理解からすると「それは無いよなぁ、、、」と、とまどってしまうようなことも、本人にしてみれば、そんなにおかしなことは言ったり、やったりしていないと思っている場合、説明したとしても、立っている土台自体が、かなり違う場所にあるため、お互いに納得には至らない可能性が高い。立場上自分が上であると、話し合いをした場合、本当は彼らが納得していなくても、納得したふりをされてしまう可能性もある。む、難しい、、、
さらに言うなら、自分が彼らの年齢だった時を思うと、もっと、とんでもなかったような気がするし、それからすると、仕方ないような気もする。
さらに、さらに言うなら、別に私の哲学が、彼らの考え方より優れているという保証も確信もない。「社会人として」という定義は、実はとても曖昧で、正解なんてないかもしれない。
そうやって考えると、結論からすれば、最大限、相手を尊重して、そして、仕事全体にも支障を来たさないように調整してゆくことが自分の役目ということになるわけです。悩むなぁ、、、
まぁ、話を広げて考えれば、価値観の違う人間同士、どうやって生きていくか?ということで、世界中でおきている理不尽なことを、「信じられない、何であんなことを!頭に来る」とか言っているだけでは、何の役にも立たないばかりか、むしろ害ににしかならないと思うわけです。
当たり前のことで、自分と同じ考えの人間などいない。違う価値観の人間を「どこまで愛せるか」ということが、個人的には究極の問いだと思っています。
自分を許し、相手も許し、自分も愛し、相手も愛し
シンプルだけど、とても困難で、けれども、それこそが古今東西、すべての平和と幸福の源泉であると、少なくとも、私は信じているわけです。
すべてに愛を
すべての人が、その人らしい人生を、最大の幸せとともに生きてゆけますように、、、
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